先週のリクエストにお答えして、ドラマ「医龍」の話題を今週もお届けしたいと思います。主に医療とは関係ない人向けに書きますので、おおざっぱというか、ある意味不正確です。どうぞそのあたりの突っ込みはご容赦くださいね。
今日のテーマは「循環停止」という言葉。
心臓の手術をするときは、心臓が動いていると邪魔なので心臓を止めちゃいます。心臓を停める、つまり言ってみれば死んだ状態にしてしまうわけですが、後で生き返ってくれないと困りますので、それなりの工夫はします。
心臓の動きは止めたいけど、全身への血液の流れはそのままにしたい―。それを実現するのが人工心肺と呼ばれる装置です。
心臓近くの太い血管にチューブを入れて、静脈から体内の血液を全部吸い出して、人工心肺装置の中で酸素を混ぜ込んであげて、別のチューブから動脈に血液を送りだしてあげる。
そうすると心臓が停まっていても、脳などの体の臓器はちゃんと生き続けます。手術が終ったらちゃんと心臓に血液を流してあげて、必要なら電気ショックを掛ければ、ちゃんとまた自分で動き出してくれます。
ふつうはそうやって心臓の手術を行なうのですが、今回の医龍の中では「循環停止」という方法で心臓(厳密には大動脈ですけど)の手術を行なっていました。
この循環停止というのはなにかというと、心臓を停めるのではなく、全身の血液の流れすべてを停めてしまうというとんでもない方法。
よくこのブログの中でも、私、心肺蘇生法の話を書いてますが、まさにそんな突然の心停止したときの状態とおんなじです。心停止から5分もすると社会復帰率が50%まで落ちてしまう、早くAEDで除細動してあげなくちゃ! という状態とおんなじなんです。
そんな状態にしちゃって大丈夫なの?? という話になりますが、血液の流れがとまっていちばんダメージを受けやすいのは脳。脳は数分間、血流が途絶えて酸素不足になっただけで、簡単に壊れてしまいます。
血流が停まっても、脳組織になるべくダメージがいかないようにするにはどうしたらいいか?
簡単です。体を冷やして冬眠させてあげればいいんです。体を冷やせば組織の代謝が低下して低酸素の影響を受けにくくなります。それを人為的にやってやるのが、心外手術の「循環停止」です。
ドラマの中では膀胱温で20℃まで落とせ! とか言ってましたよね。
そうしてやると、40分程度は、体の血流を停めても大丈夫になります。
実際のところ、最近はこの循環停止をさせてまで行なう手術というのは少なくなってきているようです。私自身は3回しか経験したことがありません。(うちの施設が心外にあまり力を入れていないだけなのかもしれませんが)
ドラマの中では、簡単に体温が下がってましたが、実際は人工心肺装置を接続してから、体温を落としはじめて、実際に循環停止まで持っていくには1時間半か2時間くらいかかってます。その間は、医者も器械出しナースも何もやることなく、ただボーっと時間を待つだけ(笑)
ダメージを受けやすい心筋と脳を守るのが需要ですから、循環停止中は頭の回りに氷入りの袋をいっぱい当てて脳を守ると同時に、小さなアイスノンみたいなのを心臓の下に敷き込んだりとものものしい体勢で臨みます。
循環停止中の患者さんの体は室温より低くなってますから、手を触れるとまるで人間ではないみたいななんとも言えない感覚です。
さらにたいへんなのは、手術が終ってもとの体温に戻すとき。これにも1-2時間は必要です。ですので循環停止をするだけで、すごい時間がかかってしまいます。手術自体はそんなたいへんでないとしても、とにかく時間がかかるので担当する看護師としても相当な覚悟がいる手術なんです。
以上、循環停止のお話しでした。
(人工心肺と心臓手術についてもう少し詳しく知りたい方は、聖路加病院の先生が書いている「開心術について」というページがわかりやすくてよかったですよ。)
ついでに、これに関連して旬な話題をひとつ。
いまアメリカのオーランドで Ress (Resuscitation Science Symposium) という蘇生に関する国際学会が開かれています。そこで話題になっていて、次期ガイドライン2010でもエビデンスレベルが上がりそうなのが「低体温」に関する研究だったりします。
日本では例の胸骨圧迫のみのCPRの論文を提出した長尾先生が積極的に取り組んでいるようですが、心停止で病院に運ばれてきたら、まずはなにより胸骨圧迫をしながら体外循環を取り付けて低体温にしてやる。そうやって代謝を落として心筋・脳細胞を保護してやりつつ、本治療を開始するというというわけです。
数年前だったか、冬の東北の海だか湖に落ちた人が、死亡診断されて霊安室に安置されていたところ息を吹き返したという事件(?)があったのを覚えている人、いますか?
それとおんなじで、低体温が秘める救命の可能性。
BLSの範疇ではありませんが、興味深いことだなと思っています。
コメント
「医龍」解説本が出来そうな勢いですね♪
循環停止ってやっぱりそういうことだったのですね。
私は医龍を観るまで、人工心肺が手術のときに使われるとは知りませんでした。
でもよく考えると、動いた心臓を手術するのは難しいですものね。
東北の事故は知りませんでしたけれど、アンビリーバボーで海外の同じような事故については放映されていました。
人間って動物なのですよね~・・としみじみ。
はぁ・・・働いていながらそんなホームページがあったとは・・・彼はコンピューター好きでしたから・・
そういや、ウチでは脳分離を結構やってましたけど、そちらではどうでした??脳へのダメージはもう少し少ないですよね・・・
でも、あの氷・・・・上手に作れなくてドキドキしたの覚えてます。硬すぎず柔らかすぎず・
医龍ちょくちょくみてます。
そして、ありえなーーーいとつっこんでます。
弓部とかですと脳分離をおこないますし、なによりグラフト送血とかするんですが・・・
これから解離の季節ですね・・(笑)
ベンタール・・・・うちはベントールっていうのでものすごく違和感がありました・・
Ricoさん、循環停止って私もはじめて経験したとき、ホントにこの人は目が覚めるのかなって不思議に感じました。まあ、考えてみれば全身麻酔っていうのも不思議なものですけどね。医療って不思議なことばかりです(^^)
tomoさん、例の心外解説ページの作者の先生、お知り合いなんですね。
うちの心外はDr.が二人しかいなくて、心肺をまわすようなオペというと、CABGか弁置換くらいで、あと詳しくは書けないのですが循環停止が必要になる術式ひとつくらいしかやってません。解離はオペ室に来たことないです。ということで脳分離なんてうちのスタッフは誰も知らないと思います。
オペ室での仕事を究めるなら、やっぱり心外に力を入れている施設に移るべきなのかななんてことをチラッと考える今日この頃です。
リンクスさん、はじめまして。
今回の放送分では、かなり強引な設定が目立ちましたね(^^;
まあ、それはともかく用語とかなんとなくのオペの流れは決して妥協していないというか、ディレクターと監修の意気込みが感じられるのがうれしいですね。
metzenbaumさん こんにちは
医龍は私も好きで見るんですが、いやいや ホント
次から次へとわからない言葉が出てくるもので
その言葉が理解できないために情況がイメージできずに 私の方が停止 知らないことがいっぱい出てきて脳ビックリ状態です(^^;
今だに、以前からよく使われるフローダウン
という言葉にひっかかっていて この言葉が出てくる度に、脳が反応します(^^;
フローダウンと言ったあと、だいたい
ダイアルを回して数値0にしてるようなので これか?って想像してはいるんですが・・・
ポンプ部分も前に調べたんですけどね・・・
お勧めの人工心肺のページを読んでみます
医療関係者じゃないんだし そこはスルー
してもいいだろう・・・と友人からは言われるですが
スルーできない自分が恨めしいです(^^;
はじめまして、ひでほと申します。
医龍2毎回観ています。
わからない用語や略語がたくさん出てくるので、録画して、そのたびにストップさせて調査しながら観ています。「循環停止」がわからず、検索して貴ブログにたどりつきました。おかげさまでよくわかりました。有難うございました。
人工心肺の仕組み、私も聞きかじり程度しかないのですが、
フローダウンは、直訳どおり、流量減少とでも言いましょうか、
人工心肺で送り出している血流を弱めるということです。
少しずつ落としていって最後はゼロにする、こうなると人工心肺の
ポンプ機能はオフになります。
心臓の処置が終って、心臓の自己拍動が戻って充分な血圧が維持できるようになったら、人工心肺を外すのですが、そのときの処置です。人工心肺から「離脱」するという表現を使います。
ドラマの中では、オペの山場は越えたよ、ということを表現したくて出しているセリフ、場面だと思います。
ひでほさん、はじめまして。
皆さんやっぱり用語が気になるんですね。
その都度、言葉を調べているとはびっくりです。
確かに用語がわかるとより場面が意味がわかって面白みが増すのも事実。
でも、それにしては100%理解しようと思ったらかなり視聴者泣かせのドラマだと思います(笑)