昨晩、Twitter で気になる投稿を見つけて、ついコメントしてしまいました。
奈良市消防局の公式アカウントの発信内容、小学校で救命入門コースを実施しました、という内容です。
それに対して私がコメントしたのは、
普通救命講習 III じゃなくていいの?
普通救命講習 II でなくていいの?
という点。
この部分、日本の社会問題とも思える重要なポイントなので解説させていただきます。
救命入門コースは超簡易講習 しかも成人傷病者が前提
総務省消防庁の救命講習プログラムは、大きく5段構えになっています。
・救命入門コース
・普通救命講習 I
・普通救命講習 II
・普通救命講習 III
・上級救命講習
一般市民向けに最も広く開催されているのが普通救命講習 Iです。これが日本の市民向け救命講習の標準と言ってもいいと思います。
言い方は悪いですが、その普通以下の位置づけが救命入門コース。
学校の先生という責任ある人向けの救命講習が標準以下の内容でいいの? とは思いませんか?
時間的制約から標準講習(普通救命講習 I:3時間)の参加が難しい人向けに、内容を省略、質の低下もやむなしと妥協の産物として生まれたのが救命入門コースです。(さいたま市消防局 によると「成人に対する救命に必要な応急手当を学ぶ小学校4年生から小学校6年生までのお子さん」向けとも言われています。)
省略されたのは、人工呼吸と練習量。成人傷病者に多い心原性心停止(心室細動)に特化して簡略化されたものなので、心肺蘇生法講習というゼネラルなものではなく、AED講習と言ったほうがいい内容になっています。
学校の先生は確かに忙しい、残業代もつかないし、という事情はわからなくもありませんが、子どもの命を預かる立場としては、そこは妥協せずに優先度を上げて取り組んでほしいと思います。
子どもの救命法 普通救命講習 III でなくていいの?
救命法入門講習は、実質的に成人傷病者向けの簡略された「AED講習」です。
なにが問題かというと、子どもの心停止は一般論として心臓のトラブルではなく、呼吸のトラブルから発生することが多く、AEDを装着しても「ショックは不要です」と言われることが多いからです。
AEDでは救えない呼吸原性心停止、どうしたら救えるかと言ったら人工呼吸です。
つまり子どもの命を救うには人工呼吸が欠かせないのです。そうした子どもの特性を踏まえて作られた救命講習が普通救命講習 III です。
普通救命講習 II でなくていいの? 一定頻度者の医師法違反阻却要件
今となっては知らない人が多いかと思いますが、AEDの電気ショックは医療行為なので、本来は医師免許がない人がやってしまうと医師法違反になります。
それを一般市民がやってOKとなったのは2004年7月から。
細かい説明は省略しますが、いわゆるバイスタンダー(通りすがりの人)は、「反復継続の意図」がないことから医師法には抵触しないのでAEDを使ってもいいという話になりました。
医師法が問題としているのは医行為を反復継続の意図を持って行うこと。繰り返し性規制する法律となっています。
そのため、市民であってもAEDを繰り返し使うことが想定・期待される立場の人(一定頻度者と言ったりします)の場合はAED使用にあたって4つの条件をクリアする必要があるとされています。
これがいわゆるAED使用一定頻度者の医師法阻却事由です。
職業上の応急対応想定者(一定頻度者)のAED使用が医師法阻却4条件:
(1)医師による速やかな対応を得ることが困難
(2)対象者の意識・呼吸がないことの確認
(3)AEDの使用に必要な講習の受講
(4)医療用具として薬事法(薬機法)上の承認を得たAEDの使用
この4条件の3番目の「AED使用に必要な講習」として作られたプログラムが普通救命講習 II です。
普通救命講習 I と何が違うのかというと、講習時間が3時間ではなく4時間であること、実技試験・筆記試験が課されていること、が大きな違いです。
つまり学校教職員のような職業上の応急対応想定者(一定頻度者)がAEDを堂々と使うためには、4時間の普通救命講習 II 相当の研修が必要であり、3時間の普通救命講習 I ではダメで、90分の救命法入門講習は論外、ということなのです。
まとめ
消防の救命講習は何種類もあって、その受講対象がそれぞれ違うという点はご理解いただけたと思います。
救命講習を依頼する側の学校はこんな違いは知りませんので、どの救命講習を選択するかは消防側のイニシアチブによる部分が大きいはず。
なのに、なんで小学校の救命講習で完全にミスマッチな救命法入門コースを選んでしまうのか?
とっても不思議です。
学校教職員は、教員を志望した学生時代になんらかの救命講習は受講して、すでに「入門」は済ませているはずですし、「入門」が毎年繰り返されちゃおかしいですよね。
冒頭の奈良市消防局からの回答を待っています。
仮に時間がないから、と学校側から言われたとしても、的はずれなことを教えてしまうことのリスクと責任、特に命に関わることですし、学校教職員はバイスタンダーではなくレスポンダーなので、責任問題に発展します。
実際、救護を巡る民事裁判はよく起きていますし、注意義務違反や過失認定で賠償命令という事案は珍しくありません。
救命講習のミスマッチという事案は、奈良市消防局に限らず、全国的に起きているはず。
救命講習の依頼を受ける以上、この分野の専門家として専門性を発揮してほしい!
そんな思いで本稿を書かせていただきました。
今回の話の一次資料として、総務省消防庁Webにプレスリリースとして掲載されている救命講習の留意点に関する書類のリンクを貼っておきます。
https://www.fdma.go.jp/pressrelease/houdou/items/h23/2308/230831_1houdou/01_ryui.pdf(PDF)