ターニケット狂想曲 えっ?市民に止血帯を使わせるの?

このブログでは、救急法の普及を巡って、医行為を市民に教える上での危険についてもこれまで何度か取り上げてきました。

AEDやエピペンの話はだいぶ落ち着いてきたように感じますが、2019年からにわかに騒がしくなってきたのが、緊縛止血法、つまり止血帯(ターニケット)についてです。

これまでの日本の救急法教育の歴史を半ば無視する形で2019年4月から、日本赤十字社の講習の中で止血帯を再び教えるようにシフトチェンジ。

これに関してはあまりに唐突すぎて、教える側の救急法指導員の間でも戸惑いと、混乱が生じている模様。

さて、そんな中、薄気味悪いニュースが流れてきました。


「止血はんぱない希望のMYフック」

MBC南日本放送10月15日

 

包帯を簡単に固定できる止血器具を開発

NHK鹿児島10月15日


「止血はんぱない希望のMYフック」とネーミングされた「三角巾と棒きれで作る止血帯のアタッチメント部品」開発に関するニュースです。

鹿児島の消防救急救命士と高校生(5年で看護師国家試験受験資格が取れる珍しいカリキュラムの高校のようです)が共同開発、地元の病院の救急医の監修を受けて、マスコミに会見発表したということで、地元鹿児島のローカル局やNHKのTVニュースに端を発し、全国放送で取り上げられるに至りました。

これに関しては、「高校生がすばらしい!」「ターニケットを買うと6000円以上はするから数十円とはありがたい」とか、称賛の声が上がる一方、以前からファーストエイド講習を展開している指導員層や、救急隊、医療従事者の一部からは、「危険すぎる」「勘違いしてない?」と言った否定的な意見も出ています。

私個人の意見としては、当然後者です。

このニュース、現状認識が不足した勘違い甚だしいトンデモ事案と捉えています。

その理由をいくつか述べたいと思います。

緊縛止血は、一般市民が気軽に行うものではない


このニュースでいちばん気になるのは、この製品の開発動機となった「一般の人でも手軽に使えるように」という部分です。これが救急救命士の言葉というから驚きです。

止血帯(ターニケット)は、一般市民が手軽に使うようなものでは、決してありません。

2019年の今の時代、出血部位の中枢側を縛り上げて動脈血を遮断する緊縛止血法は、医行為と考えられています。

2018年頃から東京消防庁を始めとして、救急車に緊縛止血帯(ターニケット)が配備されるようになっているのですが、それに合わせた総務省消防庁からの通達文書のなかで、医療資格を持たない消防職員が緊縛止血を行う場合は医師法違反を問われる可能性が示唆されているとおりです。

歴史的推移はいろいろありますが、2019年の今の時代、緊縛止血法は医療行為であり、三角巾と棒切れでの止血帯を教えていた2005年以前とは、情勢が様変わりしているのです。

この15年間くらいは、日本では市民向けに緊縛止血は教えていません。簡単にいうと2005年の蘇生ガイドラインの見直しと合わせて、止血帯は危険だから市民には教えない、禁止ということになっていたことを忘れてはいけません。

また、2019年4月から日本赤十字社の救急法講習の一部に緊縛止血法が復古しました。(この経緯の不透明さも問題かと思いますが、本稿では問題にしません。)

「止血はんぱない希望のMYフック」の開発監修に関わった 米盛病院の公式Facebookページ によると「応急手当として「止血帯を用いた止血帯法」を一般市民が行うことは現状でも指導されています。」として、市民使用の妥当性を主張しています。

しかし、先にも述べたとおり、市民に止血帯を教えるのは危険であるとして2005年からは指導されていませんし、復古したのは2019年4月で、それも手作り止血帯ではなく、既製品としてのターニケットを使用するものです。

ちょっと話が違うよね、と思うわけです。

道具が先行して、問題となったケース

市民が行う救急法を巡っては、道具や薬が絡むと、いつでも勘違いする人が続出しておかしなことになってきました。

エピペンを不法所持する人とか、人に投与する目的でジフェンヒドラミンを携行する山岳ガイドとか。

緊縛止血の医学的有効性の話ゆえにこの話を正当化する人がいますが、問題はそこではなく、素人が医行為を行う、ということを問題と考えています。

ものだけが広まって教育が追いつかないゆえの不具合はしょっちゅう起きてますよね。

AEDに関してもそうでしょう。普及させたいという思いから、敷居を低くしすぎたための、あとになって問題点が噴出しています。

「止血はんぱない希望のMYフック」報道の問題

今回の「止血はんぱない希望のMYフック」報道の問題と考える点をまとめると下記のとおりです。

監修にあたった米盛病院が、その後釈明コメントをFacebookに載せており、それによると報道の「切り取り」により正しく伝わらなかった部分があるのは事実かもしれません。

しかし、報道として出てしまった以上、報道内容をもって、すでに社会問題と化しています。

1.市民救助者の止血教育のスタンダードは直接圧迫止血法である。

例外的に使用されるターニケットを教えることで、第一選択がスポイルされる懸念。

2.安いから普及させやすいという論調は間違っている。

医療器具として確立しているものを、承認も受けない民生品で代用していいんですか?

3.一般市民の救護には必要ない

銃社会アメリカと違い、日本社会では止血帯が必要とされるケースは極めて少ないのが現状。完全止血はできなくても圧迫止血でコントールを試みつつ救急隊到着を待つのが標準。

4.政府が主張するテロ事案に関しては、市民救助者は逃げるべきであり、救護にあたるべきではない。
5.血液感染リスクの教育がほぼされていない日本において、活動性出血に市民が立ち向かうのは無謀。
6.中途半端に巻くと出血を増強させるし、不適切な使用で状態悪化・死を招く可能性がある(危険の度合いはAEDとは根本的に違う)

その他の問題点


その他、気になる点として、今回の報道のきっかけとなった記者会見は鳳凰高校で開催されています。

鳳凰高校は、看護師学科やメディカルシステム科といった医療系の科を持った私立の高等学校です。このプレスリリースは学校法人としての宣伝PRな部分は否めません。

そこに地元の消防本部と病院が関わっています。

病院はともかく、地元の消防本部の名前も報道には出ていますし、発案者はその消防本部の救急救命士。実名も報道されています。

このことから、消防としてもオフィシャルに関与していることになっている点も問題をはらんでいるかもしれません。

学校法人は営利企業ではありませんが、その学生集めのPRに一枚噛んでいると言われても否定はできない状況です。

また消防の上級救命講習では、2005年以降、止血帯による緊縛止血法は教えないことになっています。それは2019年10月現在も変わりません。

そんな総務省消防庁直下にある消防本部が、市民向けに止血帯を広めることをオフィシャルに推奨しているという事実。

他の消防本部からは疑問の声が挙がるのは当然かもしれません。

本報道は、前向きなニュースに見えますが、この業界に関わる人からは、いろんな視点で疑問符が浮かび上がるトンデモ報道と考えています。

報道されているから正しい、というわけではありませんし、医師の監修があるから正しい、というものでもありません。

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