コロナのせいでここ1-2年は状況が違うかもしれませんが、皆さんの病院ではBLS研修、定期的に行われていますか?
避難訓練と同じで、そうしょっちゅう使う技術ではないので定期的なトレーニングが欠かせません。
さて、そんな病院内の救命研修ですが、消防職員に来てもらってやっている病院、ありませんか?
ふと気になって検索してみると、病院のBLS研修を消防に委託しているケースがけっこうあることに驚かされます。
病院の公式ブログで「消防にお願いしてBLS研修やりました!」みたいな感じで、写真入りでアップされているページが沢山みつかります。
中には院内研修なのに、フェイスシールドを使って呼気吹き込み人工呼吸練習している看護職員と消防指導員の写真をドアップで掲載していたりして、頭クラクラします。
↑ google 画像検索の例
病院のブログって、病院の安全・安心のPRだったり、好感度を上げるためにやっているはずですが、職員が市民レベルの救命処置トレーニングしかしていない姿を見せるのは、逆にイメージダウンなんじゃないかなと思うのですが、、、不思議です。
消防が病院のBLS研修を請け負うのは間違っている
さて、消防が病院のBLS研修を請け負うのはかなり問題なのですが、病院側も消防側もこの問題意識がないのがコワイところ。
また教える側と教わる側のそれぞれのスタッフもおかしいと思わないのでしょうか?
いったい何がおかしいのか、解説します。
病院のBLSトレーニングは業務訓練。普及啓蒙講習ではない!
まず、消防が地域で開催する救命講習は「住民に対する応急手当の普及啓発活動」という目的・大義名分があります。
総務省消防庁が定める「応急手当の普及啓発活動の推進に関する実施要綱」(PDF)に詳細が記載されていますが、公務員が公費で無料で行うのは、地域住民に対する普及啓発活動だからです。
つまり地域のために善意のバイスタンダーを増やしましょうね、ということで、無料でやってくれるわけです。(東京消防庁みたいに天下り団体を作っている消防本部は組織運営のために受講料を取ってますが)
対して、病院の職員、特に看護師のような医療従事者向けのBLS研修は、普及啓蒙じゃないですよね?
完全なる業務訓練であって、仕事のひとつ。
例えば、私が病院に就職したときは、新人研修のひとつにマナー講座みたいのがありました。
外部講師として航空会社の客室乗務員OGを呼んできて、言葉遣いとか電話対応の基本を教わったわけです。
この場合、講師料がいくらだったかは知りませんが、まさか無料ってことはないですよね。
別の例えで言えば、警備会社の職員研修で、護身術として警棒の使い方ってあると思うんですね。(たぶん…)
警棒の使い方といえば、その道の専門家は警察官。
警察官が警備会社の新人研修に無料で教えに行ってたらおかしいと思いませんか?
病院でのBLSは、市民向け心肺蘇生法とは違う
消防が日頃教えている市民向けの心肺蘇生法と、病院の看護師が行う救命処置は似ているようで別物です。
細かい点は多々ありますが、いくつかをピックアップすると、、、
人工呼吸の方法と位置づけ
病院での急変対応で行う人工呼吸は、まちがいなくバッグバルブマスク換気です。
病院の中で口対口人工呼吸をやっちゃったら、コロナ禍以前であっても感染事故。始末書ものです。
フェイスシールドを使ったとしても、院内BLS研修で呼気吹き込み人工呼吸はありえないです。
また、人工呼吸はしなくていいよ、という指導も市民向けならいざしらず、医療者向けではあり得ません。院内BLSでの人工呼吸はしなくてよい、のではなく、BVM到着までは遅れるのは致し方ない、というだけです。
AEDがショック不要と言ったら?
病院内の心停止の8割は除細動「不」適応なわけで、院内心停止のデフォルトはAEDには頼れない 無脈性電気活動(PEA)や心静止が前提であるべきです。
ここ最近、院内心停止と院外心停止では別枠という考え方が一般的になってますよね。
AEDありきの院外救命とは別に、ショック不要と言われることが前提の教育が必要と言えます。
チーム連携
通常の消防の講習は一人法CPRが基本です。
しかし院内BLSはチーム連携が基本ですから、いかに役割分担するか? 連携するかが最大のトレーニングポイントです。
消防の講習だと、胸骨圧迫とAEDという2つの役割しかありませんが、院内だとバッグバルブマスク担当、記録係、外回り業務(ベッドの高さを下げたり柵を外したり…)、胸骨圧迫交代要員など、業務対応でるからやるべきことは多々あります。
医療事故で多いのもこれらの役割分担と連携に関わるノンテクニカル・スキルです。
ここをスポイルした救命講習は、院内研修としてマッチしません。
免責されるバイスタンダーじゃない、病院職員は
消防職員が日頃教えている市民向けの救命講習は、ある意味、無責任な救命を前提としています。
通りすがりの立場、すなわちバイスタンダーとして善意で救護にあたる人は、結果責任は問われませんし、例え下手くそであったとしても何かをしてくれれば無条件に表彰されるくらいのスタンスのもの。
一方、病院職員、特に医療従事者が行う救護活動は、完全に業務の一環ですから、責任が発生します。
市民向け救命講習だったら、難しければできる限りでいいですからね、とか、感染防護具がなければやらなくていいですよ、とか教えがちですが、それは行動に責任を問われないからこそ言えるセリフ。
医療者向けの教育スタンスであれば、
・ちゃんとできるようになるまで練習しましょう
・感染防護がないという状況にならないように備えましょう
です。
このあたりの違いを消防職員の方は認識されているでしょうか?
消防職員に病院内医療従事者BLSを指導する実力があるか?
以上、解説したような市民向け講習と医療者向け講習の違いを認識して、しっかりと指導内容や方法を変えてくれていればいいのですが、実際はどうでしょうか?
公務員の業務として法的根拠がないとか、無料講習は税金の搾取であるという点は抜きにして、ちゃんと教えてくれれば、まあ、いいとは思うんです。
しかし、冒頭の画像検索結果や病院ブログの記載内容を見る限り、病院内で実施されている消防職員による講習の多くは、市民向け講習とまったく変わらないのではないかという疑惑が捨てきれません。
人の命に関わることですから、このミスマッチは重大な責任問題に発展するリスクを秘めています。
実際、2016年には小児の蘇生において人工呼吸をしなかった看護師の過失を認める民事裁判もありました。その看護師は人工呼吸はしなくてよいと教わったというニュアンスの発言をしています。
誰がそう教えたのか? そこまでは裁判では問われていませんでしたが、今後はわかりません。
Twitter で寄せられた情報では、消防本部によっては、病院や医療系専門学校からの救命講習の依頼は断っているところもあるそうです。
それが本来あるべき姿。
依頼する方も問題ですが、それを受けてしまう消防も問題。依頼する方は消防を専門家と考えて頼っているわけですから、ミスマッチであるという点は、消防側が認識して、正しくコンサルトするべきと考えます。
個個別別の事例の是非を取り上げるつもりはありません。
日本のひとつの社会問題として提起させていただきました。