いま書店に並んでいる雑誌、日経メディカル2007年5月号の第二特集がおもしろかったです。
『ドクターコール』に応じますか?
―758人の意識調査と体験談―
ドクターコールというのは院内ではなく、「ご病気の方がいらっしゃいます。お医者さまはいらっしゃいますか…」という飛行機や新幹線でのアレです。
昔からこの手の話題はインターネット上の掲示板やメーリングリストで色々論じられていましたが、きちんとした調査結果は珍しいなぁと思いながら読ませてもらいました。
758人を対象にしたアンケートで、ドクターコールに応じると答えた人は34%。「そのときになってみないとわからない」が48%。「応じない」とした人は17%。
この数字をどう見るでしょうか?
何より問題なのは、ドクターコールに応じたことがある200人のうち、次の機会があったら、また名乗り出るかという問いに対して「応じない」と答えている人が24%もいる点です。
さらに言えばドクターコールに応じてよかったかという問いに対しては「あまりそうは思わない」が17%、「まったく思わない」が2%。
非常に残念なアンケート結果ですが、それが現状なんでしょう。
法的責任を懸念する声が最も多かったようですが、それより現実問題航空機内という劣悪な環境で何ができるのかという不安が大きいのもわかります。知識があるだけにかえってコワイという面もあるでしょうし、何より世間の目と医者の実状の差が問題なのかなと私個人は思いました。
航空機内という閉鎖空間で不安のどん底にいる患者本人と家族、それにフライトアテンダント。そこに医者が現れたら救世主のように感じると思います。でもそこには医者に対する不理解というか、医者ならなんでもできる、どうにかしてくれるという過剰な期待が渦巻いてはいないでしょうか。
ご存じのように医療の世界も細分化されていて、専門外のことはさっぱり自信がないというのも我々にはよく分かる話。最近では研修医制度が整備されて、ひととおりのことは出来る人材が育ちつつあるようですけど、まだここ数年の話。
ドクターコール経験者の声として、
「居ないより居た方がましという程度に考えてほしい」
というのは本当にわかる気がします。
アナウンスのときに症状などを言ってくれたら、ずいぶんと手を挙げやすくなるのにとは言われていますが、現実問題、プライバシーや他乗客への不安を招く可能性から難しいそうです。
誰もが気にする法的責任に関しては、改めて免責という点が法的根拠を元に説明されていました。医師には応召義務がありますが、自宅開業していたり病院に勤務している最中でなければ関係ないので、航空機内では完全に任意。つまり「義務」ではなくあくまで善意の範疇なので、通常診療と同じような責任は発生しないようです。
それでも「悪意又は重大な過失」があれば損害賠償の責任という点はついてきますが、劣悪な航空機内の出来事であれば「過失」という法的判断がなされる可能性はないというのが法律家の見解でした。
その他、記事中からおもしろかった点をいくつか挙げると、、、
航空機内のAED操作はドクターコールに応じた医師が操作した場合と客室乗務員の場合を比べると、客室乗務員の方が使用判断までの時間が短かったという調査結果があるそうです。「だから、AEDの操作は自分でやるより乗務員に任せた方がよさそうだ」だって。
コストの問題ですが、国際線の飛行機が緊急着陸をすると、コストはおよそ1,000万円。この判断を医師が迫られる場合があるけど、医師はあくまで意見を述べるだけで、最終判断は機長の責任。医師に請求書が回ってくることはないのでご安心を。
新幹線の緊急停止の場合、停車時間は約4分。その後、スピードアップすることで挽回できることも多いらしい。「迷惑がかかるなどと考えず、止めた方がいいと思ったらためらうことなく伝えてください」、とJR東海。
以前もどこかの記事で書きましたが、医師や看護師、救急救命士などの医療資格というのは、公益性があるというか、一種の公共財産のような意味合いがあると私は考えています。
職業上必要な資格であり個人に付随するものではありますが、医療行為というきわめて特殊なことを許された人ということで、貴重な人材といってもいいと思います。
ですから、そういった特殊性を自ら自覚して、いざというときには職業人としてではなく、特殊技能をもったひとりの人間としてその知識・技術を発揮できたらいいなと私は思っています。
医療者として誇れるような人間でありたい。今は私は職業的に救急とは直接関係ない部署にいますが、最低限の自己研鑽は続けていきたいと思っています。
もちろん個人の責任で判断する部分なので、敢えて手を挙げないという判断も尊重されるべきだと思います。ただ私個人としてはこうありたい、そんな話でした。
コメント
私は医師ではないのでドクターコールとは無縁ですが、コメディカルである以上、できることはしたいと思っています。もちろんその場に医師がいれば、その指示に従いますが。
航空機も列車も正確な時間運行より人命第一という姿勢が現れてますね。
医師ではありませんが、常に救命のトレーニングをさせていただいているものとして何らかのお役に立ちたいと思います。
心停止に陥っていたら我々のトレーニングが最大限生かされる場面です。
面白い調査結果ですね。
資格保有が水戸黄門の印籠のように「それがあれば・・・」のような過度の期待って医師に限らず多いですよね。。。
また結果的に飛行機や新幹線でドクターコールになった疾患?(見立て?)の内訳って、どんな感じなのでしょうねえ。。。
乗り物によっても差がありそうですが、悪心や嘔吐関係、循環器系、分娩、糖尿病関係あたりが多いでしょうか・・・?
医療用医薬品は乗り物に常備されているのかなあ?と思ったりしました。
初めて書き込みさせていただきます。いろいろ勉強させてもらっています!
欧米系航空会社で成田まで帰るときにドクターコールがありました。現場はすぐ近くでした。
患者さんが欧米の方っていうのもあり、すっごくためらいました。(それだけじゃないですが)
低血糖だったらしく、欧米人のDrが駆けつけて診てくれたのでよかったです。
何もないところで、言葉も通じないとなると勇気は出ないですね・・・
応召義務はあるわけですし
万が一 応召しないのが知り合いに見られた場合 訴追は免れないですね
僕自身は 長距離の場合は 急患時には起こして良いと自己申告しています
またルフトハンザは機内応召の登録プログラムがあります
カナダへの家族旅行の帰りにありました。幸にして日本人の軽症の腹痛で内科の先生が対処されました。産婦人科なもんで、お産だったらとちょっとどきどきしましたが、やっぱり応えねばという気概(汗)は持ちたいですね。でも、飛行機にある医療器具は医師である証明ができないと使用できないとCAにいわれました。そういえば医師免許証って普段持ってないし、運転免許証みたいなコンパクトサイズでもないですね。大学図書館のIDカードなら財布の中にはいってるけど。ちょっと考えさせられました。
皆さん、コメントありがとうございました。
私もまずは一般市民としてできることは勇気を持って行なっていきたいと思っています。それに加えて医療従事者としてきちんとした知識のもと、より適切なお手伝いができればなおいいと思っていますので、勉強は怠れないなと思います。
shisleyさんからご質問のあった疾患の内訳ということですが、同記事にはそのものズバリのことは書かれていませんが、52%が安静を保つ、33%が経過観察という処置(?)で済んだそうです。
そう考えると、飛行機登載のメディカルキットを開く資格がないナースであっても充分に役に立てそうですね。側にいるという「看護の基本」だけでも充分な効果がありそうですから。
飛行機登載のメディカルキットについては、次の記事が参考になります。
「大空のコードブルー(3万フィートでの心停止)」 (PDFファイル)
http://www.jstm.gr.jp/mebio200102_2.pdf
でも医師であることの証明をと言われても、確かに困っちゃいますよね。
看護師でも無線か電話の指示があれば、吸引や輸液などができるわけですけど、そういう場合はどうなっちゃうんでしょうね? 実際の運営にはいろいろ問題がありそうですね。
ありがとうございます。
リンクの資料を興味深く拝見しました。
医療用キットの医薬品を見ると
想定している疾患・症状が想起できて面白いですね。
・鎮痛・鎮静系
・消化器の発作痙攣
・循環器系(心疾患)
・喘息発作
あたりでしょうかね。。。
ただコメントの中にある安静や経過観察で多くは解決するのであれば、
幸いにも重篤な疾患や症状はそれほど多く発生していないということですね。。。
そういえば現在週1回は国内線で往復していますが、
「ドクターコール」に出会ったことないです。。
飛行機に乗っている薬品、さすがに考えられているなぁと思いました。飛行機に限らずいざというときに使いそうなものがだいたい揃ってる感じです。ただ実際航空機内での運用を考えると、なによりの問題は作業スペースなのかなぁという気もしました。
shisleyさん、あいかわらず日本国内を飛び回ってるんですね。そういえば今度shisleyさんの会社の工場見学の話が病院に舞い込んできました。あいにく私は参加できそうにないのですが…