医行為の法的根拠 市民の場合、ナースの場合【エピペン不正使用を考える】

ナースの皆さんは、AED、使えますよね?

それでは、エピペン注射はできますか?

この質問にさらっと答えられる看護師は多くはないと思います。

いま、保育士や学校教職員は、児童本人や親御さんに変わってエピペンでアドレナリンの筋肉注射をしていいということになっています。

しかし、ナースであれば、AEDはともかく注射となると、ちょっと怖いなと感じて、はて? と考えてしまうのではないでしょうか?

医行為を行える法的根拠


看護師がAEDを使えるのはなぜ? と考えたときに、市民でも使えるものなんだから看護師が使えるのは当然、と考えるのであれば、根本的に間違いです。

そんな単純な話であればエピペンで迷うことはないでしょう。

私たちナースの仕事は法的根拠に基づいた業務を行っているという原則を忘れてはいけません。

ナースが医行為を行える根拠

看護師が医療行為を行えるのは、保助看法が根拠ですよね。「診療の補助」という名目で医師の指示があれば、医行為を実質的に代行しているという構図になります。

あくまでも診療行為の補助ということで、看護師には行為実施の判断(診断)と決定権はありません。

判断は医師が行い、医師の手の代わりとなって実施するという図式になっています。

ですから、医師の指示を受けずに投薬等の医行為を実施すれば、それは医師法違反とか保助看法違反を問われる可能性がありえます。

医学的知識がある立場であっても、医師の指示という担保がなければ、医療行為はできないしくみになっています。

市民が医行為を行えるのはなぜ?

医療資格を持たない市民が医療行為をするなんてとんでもないという印象かもしれませんが、実際のところやってますよね?

AED(除細動)しかり、エピペンしかり、2019年4月以降は止血帯(ターニケット)による緊縛止血とか。さらには介護分野に及べば吸引や酸素投与など。

さて、これらが合法的になされているとしたら、その法的根拠はなんなのか?


AEDは安全な設計で害がないから?

法律を考えたときに、それでは答えにはなっていません。

医療者以外の市民には「反復継続の意図」がない

市民が除細動やアドレナリン筋肉注射という医療行為が許されるのは、「反復継続の意図」がないという合議が行政で形成されたからです。

医師法違反を懸念した場合、医師法が禁止しているのは「医行為を反復継続の意図を持って実施すること」です。医師法は偶発的な医行為は禁止しておらず、繰り返し実施する意思を持って医行為を行うことを禁止しているだけです。

ですから、反復継続の意図がないであろう偶発的な市民救助者が行う医行為は規制対象にならない、ということになります。

市民ゆえに反復継続の意図がない、このことが2004年にAEDに関して、2009年にエピペンに関して行政において確認されたことが、実質的な解禁に繋がりました。別にこの年に法律の改正があったわけではなく、行政文書等で法律の解釈が確認・公表されたというだけのことです。

まとめると、医療資格を持たない人がAEDを使えたり、エピペン注射をしても医師法違反にならないのは、「反復継続の意図がない」から。というのが答えです。

ナースは反復継続の意図がある職種

この点でいうと、看護師は業務範囲に除細動も筋肉注射も入っていますから、反復継続の意図がないとはいえません。

ですから、ナースがAEDを使うとかエピペン注射をする場合は、医師の指示を受けていない限り、医師法違反に抵触する可能性が高いと言う点で、市民よりは条件は高くなっています。

冒頭の問いかけの答えとすれば、ナースは医師の指示があればエピペン注射ができる。指示がなければできない、というのが基本的な答えとなります。(ここでは保助看法第37条については触れません)

アウトドア業界で広がりつつあるエピペン不正使用

さて、反復継続の意図がなければOKという、この屁理屈みたいな市民医療行為解禁の流れですが、突破口となったAEDについては、国際情勢や心臓突然死のメカニズムを考えても、またAEDの構造的な安全性を考えても、まあ、理解はできます。

しかし、本来は法律改正をすればよかったのに、法律の抜け穴を突くような強引な解釈で物事を推し進めてしまったせいで、その後に大きな欠陥を生み出してしまっているように思えてなりません。

それは、アウトドア業界で横行しているとも言われるエピペンの不正使用の問題です。

これはまだ潜在的な問題で、社会的に取り上げられたことはありませんが、そのうち大きな問題になるのではないかと危惧しています。

なにが起きているかと言うと、端的に言えば

ツアー中の客の急変に備えてエピペンを携行しているアウトドアガイドが増えている、らしい…

ということです。

アウトドアといえば虫刺されなどでアナフィラキシーによる生命危機のリスクが高い。救急車がすぐに来れる状況ではないので、命を救うにはエピペンしかない。

そう考えれば、意識が高い優良なツアープロバイダーのようにも感じるかもしれませんが、ちょっと待った! です。

アウトドアガイドと学校教職員・保育所職員の違い

養護教諭であっても反復継続の意図がないとみなされて医師法違反にならないわけですから、当然アウトドアガイドも大丈夫。

ここが勘違いの始まりだと思っています。

今のところ、行政文書で確認されているエピペンを注射できる職種は、学校教職員と保育所職員の2つだけです。

これらは、エピペン注射をする対象がはっきりしており、本人のエピペンを預かって、打つタイミングなどが細かく打ち合わせされているということが前提となっています。

エピペンはAEDとは違って、機械的な安全対策がされていません。いちばんむずかしい「注射をする意思決定」が人任せになっている点が決定的に違います。

一言で言えば、AEDと違ってエピペンは誤使用のリスクが格段に大きい。

それらをカバーするための条件とも言うべきものが、学校現場や保育園における先生方ということになります。

不特定多数の人に打とうというわけではないのです。

エピペンを持っている子がいたら、その親御さんの代わりに打つ。それだけです。

医師以外は診断はできません。

だから、学校教職員は親御さんが医師から聞いた注射のタイミング指示に従って注射をするわけで、そのタイミングはAちゃんとBちゃんとでは違うもので、個別に合わせた対応をします。

つまり学校教職員は、症状を見て体の中で起こっていることを「診断」して注射をするのではなく、こういう症状があったら、子の子の場合は注射をしなさい、という医師の個別指示に従って行動しているだけで、違法な診断行為に手を染めているわけではありません。

不正に入手した?

対して、アウトドアガイドが不特定多数に使う前提でエピペンを準備した場合、話はまったく違うものになります。

そもそもエピペンは個人に処方される薬ですから、アウトドアガイドがエピペンを常備するとしたら、それはガイド自身に処方されたもののはずです。

となると、、虚偽の申告で不正に入手した薬、ということになりませんか? という疑問が湧き上がります。

診断の問題

ツアー客が虫刺されの後にアナフィラキシー様の症状が出たとしましょう。それがアナフィラキシーで、エピペン注射の適応かどうかを判断(診断)できるのは医師だけです。

看護師や救急救命士であっても、できません。

学校教職員がエピペンを持っているAちゃんの症状を見て、それがエピペンの適応だと判断できるのは、医師からの指示に従っているだけであり、ここが根本的に違います。

エピペンを処方された子どもについては、「迷ったら打て!」と言われることもありますが、これはあくまでも診断を受けているのが前提であって、しかも子どもの場合。大人に関してはエピペン注射の副作用で脳出血で死亡したケースもありますので、安易に考えるのは危険です。

考察:そもそも医師法以前の話


考えてみれば、AEDとエピペンはあらゆる意味で決定的に違うのですが、ここを同列で考えるから違法なことなのに正義感から振りかざしたような勘違いが生じているんだろうなと考えます。

AEDは誤って電気ショックがされてしまうリスクはかなり低いですが、エピペンの使用判断は完全に打つ人に委ねられているので、AEDと違った機械的な安全担保がまったくない。

だからこそ、使用のための前提条件が重要です。

その前提条件に立脚するからこそ、違法性が阻却されることを理解しておく必要があります。

医行為と暴力の境目

そもそも医師が人の体にメスを入れられるのは、その医学的必要性があり、医師免許を持っていて、本人の同意が得られているからです。

医師は人を傷つけても違法性を阻却されるのは、これらの条件が整っているからで、医師免許を持っていても人を殴れば暴行ですし、目的なしに体を切り刻めば、傷害です。

エピペン注射にしても、太い針を筋肉まで1.5センチ突き刺し、アドレナリンという劇薬指定されている薬物を体内に注入するという行為、これを遊び半分でやったら間違いなく傷害ですし、場合によっては殺人未遂も問われかねません

本来、打つべき立場の親御さんや学校教職員、保育士の方たちを脅すつもりはないのですが、昨今、エピペンを軽んじて、偽証の上、違法に入手して、人に対して打つ気満々という人がいる話をきくと、こういうきつい表現もしたくなってしまいます。

打つべき人に対して手順に則って打つから、それは傷害ではなく医行為となり、反復継続の意図がなければ違法性が阻却されるわけです。

そうした正式な手続きを踏まずして、不正に入手したエピペンを使って、アナフィラキシーと診断されていない人に注射をすることは、医行為の要件すら満たしていませんので、医師法以前の話。人を傷つける無謀な行為、つまり刑法でいうところの傷害の罪や暴行に相当すると言わざるを得ません。

こういうと、善きサマリア人法とか刑法の緊急避難、民法の緊急事務管理などを持ち出してくる人もいますが、そもそも違法に入手した薬剤を、無謀な診断の末に注射し、傷害を追わせたという流れの中に正当性を主張することはできないでしょう。

つまり、アウトドアガイドがエピペンを持ち歩いている問題は、医師法云々ではなく、それ以前の行為として適正を欠いている点を考えなくてはいけません。

当のアウトドアガイドは、これをやらなければ死ぬ、という正義感から、虚偽申告してまでエピペンを入手したのでしょうけど、そもそも人を助けるために虚偽申告を行っていること自体を疑問に感じないのでしょうか?

またそもそも診断という行為の重さと薬剤投与ということの重大さを認識していないのは、不幸としか言えません。

もともとは、道具や薬剤は使わないというのが原則だった日本の救急法に、AEDが入ってきてから流れが変わりました。

応急救護に積極的に関わる立場の方は、法律の問題も含めて、危機管理のストラクチャーで根本から見直してみる必要がありますし、そこに居合わせれば必然的に関わらざるを得ない看護職の皆さんも、自分自身の法的立場について再確認することを強くお勧めします。

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