JNTEC(標準外傷看護コース)とは?

先日、プレホスピタルの外傷標準化コースJPTECを受けてきましたという話を書きました。そこでもチラッと触れた看護師のための外傷治療標準化コース「JNTEC」について簡単に紹介しようと思います。

◆ ガイドライン、標準化プログラムとは?

いまでこそACLSやICLSと言った循環器系の急変に対する標準化教育プログラムが普及してきましたが、標準化教育プログラムという新しい概念が日本に定着したのは、このACLSが草分けだったと思います。

急変時にどう対処・行動したらもっともシンプルかつ安全か。それを徹底的に追及して誰もがその基準に従って行動すれば最大公約数的に有効な効果を上げることができる。それが標準化プログラムの発想です。

実際、ACLSの標準化によって世界的に大きな効果を上げていることから、昨今様々な新しい標準化プログラムが策定されつつあります。JPTECもその一つですし、脳卒中初期診療コースのISLS (Immediate Stroke Life Support)なんてものもあります。

◆ 外傷標準化コースの系譜

日本でもACLSが行き渡り、次に注目されている標準化プログラムの代表が「外傷」に関するものといえるかもしれません。

ACLS同様、外傷標準化プログラムも元もとはアメリカで生まれたものです。

アメリカにおいて医師向けのATLS(Advanced Trauma Life Support)というコースが制定され、それに整合性を持たせた救急隊員(EMT)向けコースのBTLS(Basic trauma life support)が作られ、さらにはそれらに合わせてナース向けの外傷コースが作られました。

つまり救急現場から病院初療室(ER)まで、救命士 ⇒ ナース ⇒ 医師とスムーズな流れで外傷治療に当たれる体制が整えられたというわけです。

今の日本もこの流れにそって整備が進められています。医師向けのJATECはすでに歴史は長く、救急隊員向けのJPTECは正式に発足してから数年。で、次なるコースがナース向けのJNTECというわけです。

◆ JNTECとは

JNTEC (Japan Nursing for Trauma Evaluation and Care)は、日本救急看護学会と日本臨床救急医学会が中心となって現在開発が進められている看護師対象の「病院内標準外傷看護コース」です。

2006年10月現在、非公式のテストコースが4回ほど開催され、その都度、内容の再検討を繰り返して、本コース開催に向けて準備が進められているところです。いちおうテストコースは5回を目途に一区切りと言うことなので、正式な発足はそう遠くないはずです。現在、学会認定の申請中だそうです。

内容的にはすでに出来上がっているJATECとJPTECとのマッチングを重視し、事故現場からER~医師による治療開始までが一貫した流れで行えるように、という点がポイントになっています。

具体的な内容はまだ確定になっていないため部分的にしか公表されていません。青写真的には、救急からのホットライン入電から、情報収集、受容れ準備、初期観察を行ない、必要な処置をしつつ医師に引き継ぐという内容だとか。

先日、私は救急隊員向けのJPTECプロバイダーコースを受講してきましたが、JPTECもJATECも医療的(cure)な側面が強く、とかくメンタル面でのフォローが後回しにされがちな部分があるような気がします。その点、JNTECは一貫性を持たせるとはいえ、「看護」の一環ですので、看護の視点をどう取り入れるのかが重要なポイントになりそうです。

JNTEC開発に関わっている方の話を聞く機会がありましたが、そうした「看護の視点」の具体的な入れ方については、検討中ということで言葉を濁していましたが、家族へのフォローなども入れていくような雰囲気でした。

そういえば心肺蘇生のガイドライン2000では、蘇生中に家族を立ち会わせることの意義について書かれていましたね。日本の現場ではなかなか議論されることはなかった気がしますが、JNTECの中ではそのあたりも突っ込んで検討されているのかなぁなんて個人的には勝手に思っています。

◆ 「胸腔ドレイン挿入」「輪状甲状靱帯間膜穿刺」

今のところ、JNTECのスキル練習の中には「胸腔ドレイン挿入」「輪状甲状靱帯間膜穿刺」の実技も含まれているそうです。胸腔ドレインは緊張性気胸のときの脱気、輪状甲状靱帯間膜穿刺は気道が開通しない場合の外科的気道確保ですが、もちろん今の日本のナースには法的に認められていない医療行為です。

これらの実技練習を行なうことの意義について、JNTECでは実際に必要事項を観察し、処置を行なうことで「必要物品の準備を含む外傷ケア環境の調整ができる」という点を挙げています。その点ACLSと同じですね。ACLSでは看護師も気管挿管を行ないますしね。でも、実際問題このあたりで医師の中からは「けしからん」という意見もなくはないようです。

今の日本の法律では看護師や救急救命士には認められていない行為とはいえ、「胸腔ドレイン挿入」「輪状甲状靱帯間膜穿刺」は救急現場ではきわめて緊急性が高い処置で、現場で行なわなければ間に合わないという可能性も多分にあります。

そのため、医療系のドラマでもハイライト的な場面としてよく使われています。例えば最近の例ではテレビドラマ「Ns.あおい」の中で主人公が緊急避難的に静脈留置針で気胸の脱気を行なって問題になっている場面がありましたね。さらには今放送されている「Dr.コトー診療所2006」の中では、ナースが釣りの浮きを使って輪状甲状靱帯間膜穿刺を行なっていました。

今日本が真似ようとしているアメリカの救急医療体制の中では、これらの医療行為はパラメディック(救急救命士)が現場で行なう処置になっています。救急隊員向けのBTLSコース(日本でもアメリカとまったく同じコースが受講できます)では、プレホスピタルの重要なスキルのひとつとして教えられています。

はっきり言ってしまえば、日本の医師法の制約はかなり厳しいです。法律が、というより自分たちの特権性を死守しようとする医師会の圧力が、と言った方がいいのかも。

これはAEDの市民解禁や救急救命士誕生にまつわる攻防戦、救命士の業務拡大などにも関係してくる非常に大きな問題なんですけど、あまり深く踏み込んで言及するのは控えます。興味がある人は救急救命士制定に至るまでの経緯が書かれた本を読んでみてください。救急医療と日本の古い体質の問題点がいろいろ見えてきて興味深いです。

さて、いろいろ問題があるにも関わらず、今回、JNTECがあえて「胸腔ドレイン挿入」「輪状甲状靱帯間膜穿刺」を実技に含めようというというあたりに、私は非常に興味深いものを感じています。2004年のAEDの市民への解禁、救急救命士に挿管認定、それに薬剤認定。これまで頑なに死守してきた医師の業務独占神話が崩れつつある昨今。

「胸腔ドレイン挿入」「輪状甲状靱帯間膜穿刺」も将来を見据えてのことなのかな、と勝手に想像しています。国際的に活躍するナースも増えてきて、特に災害現場への派遣という場面を考えると、日本の法律の縛りというのもどれだけの重みがあるのかわからなくなってきます。国際標準で考えたときにどうなのかなという視点ももしかしたら重要になってくるのかもしれません。

以上、私が知っているJNTECの概要と、私の勝手な考えを綴らせてもらいました。念のため強調しておきますが、私は外傷標準化プログラムに特別造詣が深いわけでもなく、ただ興味深く成り行きを見守っている一介の看護師に過ぎません。くれぐれもこの内容が確定した公式なものであるとは考えないでくださいね。

詳細情報は、来年刊行されるメディカ出版のエマージェンシー・ケア誌2007年6月号の特集記事「JNTEC(標準外傷看護コース)を徹底解説」で明らかにされるようです。

[参考文献]:八田秀人:注目を集める外傷初期医療とプレホスピタルケアって何?, Expert Nurse vol.22 No.10, P60,照林社)

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コメント

  1. おたんこなーす より:

    プレホスピタルの外傷標準化コースは難しかったですか?
    JNTECは筆記試験などありますか?
    JNTECを受けたいのですが少し詳しい内容等教えてください。
     

  2. 管理人 より:

    おたんこなーすさん、私が受けたことあるのはJPTECとITLSだけで、JNTECはこの10月に第一回目が開かれるできたてホヤホヤのコースです。
     
    というわけで、私もJNTECについてはこのブログで書いた以上のことは知りません。具体的には救急看護学会の方に問い合わせてみてください。
     
    JPTECについてはhttp://or-nurse.seesaa.net/article/27828804.htmlあたりを参考にどうぞ。
     
     

  3. 花咲真琴 より:

    はじめまして。JNTECのコースが始まり、各地で開催されていますね。私も、愛媛のコースに参加しました。でも、JPTECやITLSなどに比べ、何か、到達目標が明確でないというか。多分、それは、各ブースに持ち時間が短く、消化しきれていないからでしょうか?シナリオも腹部外傷みたいなのばかりで、もっと、緊張性気胸とか胸部打撲から状態変化するとか。バリエーションがほしかったです。
    あと、シナリオでは、とにかく意識・ABCとみていくのは理解できますが、Cの循環がよく解りませんでした。とにかく、初期バイタルをみて、輸液を開始。それを2000ml入るまで、500ml入ることにバイタル測定。それは、理解できる。でも、2000ml入って、輸液に反応するか否かを判断するまでは、次のDの観察ができないのがよく解りませんでした。もっとよく患者を観察しろ!とのことですが、その前に患者の状態が変化したらどうするの?。でも、それに対する返答はありませんでした。
    まだ、発展途上のコースのようですが、何か消化不良の私です。
    今後は、インストラクターになって、もっとコースを理解し、これらの疑問に応えられるようになりたいです。
     

  4. おたんこーなーす より:

    JNTECって救急看護学会に入ってないと、受講は難しいのですか?