ターニケット(止血帯)とクラッシュ症候群

整形外科手術など四肢の手術には付き物のターニケット。

ターニケットを使用した場合は、病棟看護師に必ず申し送りをするくらいに、周手術期看護にとっては重要なポイントですが、意外とそのターニケットの実際を知っている人は少ないようです。病棟の看護婦さんや、整形外科病棟に実習に行った看護学生さんから質問をもらうことも度々。

◆ ターニケットとは


ターニケット tourniquet とは、ひとことでいえば止血帯です。血圧計のマンシェットとよく似た形をしていて、上肢・下肢の手術のとき上腕や大腿部に巻きつけて空気圧で圧迫。末梢への血流を途絶えさせて術野の出血量を抑えるために使われます。手足のオペでつかいますので整形外科手術で使われることが多いです。たまに形成外科なんかでも使うかな。

外科手術に使う止血帯ターニケット本体     ターニケット止血帯

手足に巻くマンシェット部と本体に分かれていて、写真に載せた本体は壁配管の圧縮空気を使うタイプです。配管は使わず電気で動くタイプもあります。

◆ ターニケットの使い方

まずはギプズテクターなどのクッション材を大腿、もしくは上腕に当ててからマンシェットをしっかり巻きます。しっかり巻くというのがポイント。

血流が停まるほどの圧力を掛けますし、場合によっては長時間にもなりますので、適正な部位がずれて神経麻痺などを起すと大変。ですので、ターニケットを巻くのは原則的に医師が行なうべき処置だと思います。

巻いた後で、ターニケット本体から伸びているチューブを接続して、術前の準備はOK。

この状態で本体のスイッチを入れると、マンシェットに空気が送り込まれて自動的に指定した圧力(血圧計と同じで○○mmHg)で圧迫が始まるのですが、ふつうに加圧をしたら採血のときの駆血帯と同じで、末梢が鬱血してしまいます。

手術中の出血量を少なくするのがターニケットの使用目的ですので、それじゃダメ。そのためにターニケットを使うためにはもう一段階処置が必要です。そこで登場するのがエスマルヒ駆血帯。

これまたヘンな名前のモノが出てきましたが、エスマルヒというのは人の名前らしいです。うろ覚えで恐縮ですが、エスマルヒ氏は確かドイツあたりの軍医で、止血帯を考案して多くの戦傷者の命を救ったというような逸話をどこかで読んだ気がします。

さて、そのエスマルヒ氏駆血帯とは、伸縮性のある幅広いゴムバンドです。まずはそいつを末梢側(指先の方)から包帯のようにグルグルと巻いていきます。

その際にギュッギュッと締め上げるように巻いていくのがポイント。そうしてターニケットの直下までを締め上げていきます。つまり血液を中枢側に押し出すわけですね。

そうして末梢を虚血状態にしてからターニケットをonすれば、腕は血が抜かれた状態にキープできるというわけ。

こうしておくとメスで切っても血もほとんど出ず、良好な視野が期待できるし、止血操作を気にせずに手術を進められるのでとっても楽。それがターニケットを使用する目的です。

◆ ターニケット使用上の注意 リスクについて


手術中の出血がほとんどなくて、ターニケットはホント便利な道具ですが、それなりの危険性もあります。何しろ腕や足の血を抜いた状態(虚血状態)を長時間キープするわけですからね。

ターニケットを使用する上でもっとも重要なのは、ターニケット使用時間のカウントです。ターニケットをonにしたら、手術室の壁面にある「麻酔時間」等のカウンターを使って正確な時間を計っていきます。

そして30分おきくらいに「ターニケット時間30分です」などと、執刀医に声を掛けるようにします。一般的に1時間は越えないことが望ましいとされていますので、1時間たってもまだまだ手術が終わらなそうな場合は要注意。

うちの場合、1時間半程度までは粘ってしまうこともありますが、基本的には1時間を過ぎたら一回ターニケットをオフして、血流を再開させて、5分か10分血を巡らせてから再度ターニケットを入れるという方法をとります。そのため、時間カウントとドクターへの声かけは外回り看護師の重要な仕事になります。

ターニケットの締める圧力も重要です。うちの場合、標準では上肢250mmHg、下肢350mmHgとしていますが、体型や血圧によってもっと細かく調整する場合もあります。必ず圧は確認するようにします。

術後の観察項目としては、痺れや麻痺の有無はとってもとっても重要です。圧迫を解除した直後はジンジンと痺れる感じが残るのは当然ですが(正座で足が痺れたときと同じです)、いつまでも痺れ等が残る場合はドクターに報告するとともに病棟スタッフにも申し送りをして経過観察を依頼します。

単に血流が再開したことによる痺れなのか、それとも神経が圧迫されていたことによる痺れなのか。腕なら橈骨神経麻痺と尺骨神経麻痺が有名ですが、それぞれ特徴的な手つきになるのを覚えてますか?

神経支配部位によって麻痺や知覚鈍麻が生じる指が決まってます。そういったあたりも重要な観察項目になります。

まあ、手術自体の操作で神経が圧排・損傷されることもあるので、痺れの原因がターニケットによるものかどうかの判断までは難しいとは思いますが。神経への影響の他に、虚血状態が続いたことによる組織への影響も考えられます。

◆◆ クラッシュ症候群(挫滅症候群) ◆◆

ターニケットの副作用に関連して、もうひとつぜひ知っておきたいのは、いわゆるクラッシュ症候群についてです。挫滅症候群ともいいますが、日本では阪神大震災を機に広く認知されるようになった言葉です。

1年くらい前にテレビでやっていた救命病棟24時(だっけ? 江口洋介と松島奈々子が出てたやつです)でも取り上げられていました。がれきの下から救助された人がいて、一見元気だけど急いで透析をしないと死んでしまうと言われてへりで緊急搬送されていった場面、覚えてますか? あれがクラッシュ症候群です。

体の組織が長い時間圧迫されていて、それが急に解除されると血中のカリウム濃度が急上昇して、高カリウム血症で心臓が停まってしまうという症状です。

なぜでしょう??

人間の細胞外液と細胞内液の組成の違いを思い出してもらいたいのですが、細胞外液(血液等)では陽イオンとしてナトリウムが多いのに対して、細胞内液ではカリウムが多い。

体の組織が強い圧力で長時間圧迫されていると細胞が破綻してきます。それが急に解除されると細胞内にたくさんあるカリウムがあふれ出し一気血液中に流れ込みます。そうして高カリウム血症が発生。ご存じのように心臓は血中カリウム値に敏感でK濃度が上がると心停止になります。よく安楽死事件で塩化カリウムが使われたりしますよね。

そんな挫滅症候群とおなじことが、ターニケット使用後に発生する可能性も無くはありません。まあ、よっぽどの圧力で長時間でも加圧しなければそう起きることではありませんし、学会で発表されるくらいのレアなケースのようですが、まあ比較的旬な話題ですので、ターニケットにまつわる雑学として頭の隅に入れておいてもいいかもしれません。

ちなみに阪神大震災以来、災害事故現場では、クラッシュ症候群を防ぐために、生命に別状がなければ急激に圧迫物を取り除かず段階的に除圧するようにしたり、がれきなどで体が挟まれた状態の場合、医師が現場に出向いて輸液を開始してから救助したりということが行なわれています。

それらは阪神大震災の教訓なのですが、それがもっとも活かされたのが、あの尼崎線の脱線事故だったようです。

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コメント

  1. ぶっこ より:

    管理人さんお久しぶりです。旅行に行ってたんですね☆羨ましい~(o´∀`d)~
    実はこのクラッシュ症候群知りませんでした…うち整形手術あるのに恥ずかしい…(_ _|||)とても勉強になりました。血流再開の際はモニターもチェックですね。
    看護師向けの麻酔本にはあまり載ってない気がします、この際全部網羅している本を買おうかな
     
     

  2. 管理人 より:

    ぶっこさん、おひさしぶりです。そうです、遅い夏休みだったんですよ~
     
    タニケットと高カリウム血症の話は、たぶん麻酔とか整形関連の本には載ってないような気もします。
     
    私がこのことを知ったのは、もともとは去年11月に発表された心肺蘇生の国際ガイドライン2005を読んでからだったんですよ。そこに応急処置としての止血帯は今後推奨しないという内容が書かれていて、その中でオペ室での止血帯(=タニケットのことです)で起きた副作用として挫滅症候群と同じ機序で起きる高カリウム血症のことに触れられていました。
     
    もし麻酔看護関連の本で書かれるとしてもクラッシュ症候群という書かれ方は今後もないかも。高カリウム血症という記載ではあるかもしれません。まあ、雑学として知っていると「へぇ~」という程度の理解でいいかもしれません。

  3. ミッフィー より:

    ターニケットの疑問があり、こちらを見させていただきました。私の勤務する病院では静麻の時は麻酔科なしでしているので、看護師がターニケットを扱うのですが、ダブルで使用する際、中枢側と末梢側への送気の順番はどうなっていますか?
    以前にも調べたところ、とある大学病院の麻酔科にむけての静脈麻酔の手順としては中枢側を入れて、投薬、末梢側に切り替えるとされていました。私がオペ室に関わりだしてから、あやふやだった部分を改善しようと、この結果を整形外科医(執刀医)に話したところOKをもらったのですが、別の整形外科医は中枢と末梢の順序が別なんです。一体どう統一させたらいいのかわかりません。自分でもいろいろと疑問に思ったりするのですが、管理人さんの勤務先ではいかがでしょうか。

  4. shisley より:

    いつも勉強になります。
     
    肺塞栓(エコノミークラス症候群)も、
    整形外科術後に起きるケースがあると
    文献か何かで読んだ記憶があるのですが、
    タニケット使用後の虚血再環流障害でも、
    気をつけるポイントなのでしょうか?
     

  5. 管理人 より:

    ミッフィーさん、ご質問を頂いたのですが、すみません、うちの施設ではタニケットを使った静脈麻酔の手術は行なっていないので、まったく予備知識がなくお答えできそうにありません。今回、ミッフィーさんに言われて調べてみて、初めてこんな麻酔方法があったのかぁと知ったくらいですから。
     
    検索を掛けてみたら、参考になりそうなページがいろいろヒットしました。
    例えば、
    http://www.med.kobe-u.ac.jp/anes/regional.html
    とか。
     
    Googleで検索キーワードは「ターニケット ダブル 末梢 中枢」です。
    ミッフィーさんが求めている答えが見つかるといいのですが。。。
     
    shisleyさん、こんばんは。
    整形外科手術ではなにかと血栓が飛んで悪さする可能性が高いと言われています。
    うちの施設でも以前に大腿骨の骨折手術の最中に、血栓が飛んで肺塞栓を合併、オペを中断して大騒ぎになったことがありました。外科などの腹腔鏡手術(腹腔を二酸化炭素で膨らませて視野を確保する気腹式の場合)も血栓のリスクが高いと言われています。
     
    タニケットに関しても、血栓のリスクはあって、圧を解除した直後には注意が必要と言われていますが、虚血されて固まる血液の絶対量が少ない上、解放後の勢いが強いのでバラバラになって塞栓を起すことはあまりないと聞いた記憶があります。ちょっとあやふやでゴメンナサイ。

  6. サバナ より:

    はじめましてこんばんは。
    質問なのですが、電気メスを使用する際に、対極板を貼りますが、使用方法に体に対して横に貼付する。縦に貼付しないとありますが、なぜ縦に貼付するといけないのでしょうか?教えてくださいm(_ _)m

  7. 管理人 より:

    サバナさん、こんばんは。対極板に関するご質問でしたが、縦横というのは私、これまで考えたことありませんでした。
     
    で、自分の施設で使っている対極板のパッケージを見てみたのですが、確かにイラストでは縦に貼っていますが、横がダメという記述は見あたらず。今度用度課に問い合わせて添付文書をあたってみようと思います。
     
    縦がダメだとしたらどうしてダメなんだろう?? ない知恵を絞って考えてみてもよく分からないです。体毛の生え方(走行)が関係しているのかなぁ。ちょっとお時間下さいね。
     
     

  8. サバナ より:

     お返事ありがとうございます。
     タニケットの質問のページに対極板のことを質問してすみません。
     当院では、「メラ SASパッド マトリックス」というのを使用してます。その添付書に縦長には貼らない事と書いてありました。体表面積が関係あるのか??と考えたのですが、縦と横で違うのか??それとも製品によって違うのか?はてなだらけです・・・ 

  9. トモ より:

    対極版を横に張る理由はもう解決したでしょうか?小林メディカルさんの勉強会で教えてもらった時にも「対極版は使用部位に対して横に貼る付ける」と説明を受けました。
     
    理由は、対極版に戻る電流を広範囲に分散させるためです。___と____とでは、後者の方が電流が分散すると言うことだそうです。電流の大半は対極版までの最短距離を通るので、電気メスを使用する位置に対してできるだけ広い面が向いている方がいいのです。
      

  10. 管理人 より:

    トモさん、情報ありがとうございました!
     
    「電気メスを使用する位置に対してできるだけ広い面が向いている方がいい」
     
    そうなんですね。そういわれればなんとなくわかるような気もします。どの程度のエビデンスレベルなのかなぁとは引き続き気になるところです。確か毎年5月か6月頃に小林メディカルで電メス講座みたいのが開かれていた気がするので、新人さんたちと一緒に行って確認してこようと思います。
     
    どうもありがとうございました。

  11. サバナ より:

    トモさんありがとうございました☆
    なんとなく縦より横がいいとは思っていましたが、理由がなかなか分かりませんでした。これで一安心です。
    ありがとうございます。

  12. tree より:

    対極についてですが確かに縦面より横面が使用場所に向けたほうが電気の集積はいいのだと学びましたしかし、横向きなら何でもいいわけではなく大腿部に装着する場合、高齢者で足の細い人の場合対極板が一周して重なっているとしまうと、その場で電気がとどまり電気メス本体にもどらないと研修で学んだことがあります。

  13. アヒラン より:

    タニケット使用中の抗生剤投与は禁忌なのですか?維持輸液は投与するのですが抗生剤はタニケット中は禁止になっています。根拠を教えて下さい。

  14. 管理人 より:

    患部に血流がないところに抗生剤を入れても意味がない、ということなのではないでしょうか?

  15. メリコ より:

    はじめまして。
    タニケット使用にあたり禁忌の疾患や症状などありましたら教えていただけますか?
    ちなみに、私の勤めている手術室ではリウマチの方にはエスマルヒは巻かず、Drが手で圧をかけタニケットをONしてます。